そこを壊せば「私」が居なくなる、脳の中の「芋虫ほど」の塊。蓑虫のようにボロを引寄せる、その引力が「愛」。「蓑虫」は愛されるのが大好き。昨日愛していた人を今日は憎んでいる。キリストは「だからこそ隣人を愛せ」といい、釈迦は「憎むな」と言う代わりに「愛すな」といった。地上では「愛さずに居られない」から沈香を焚く。奪えない、分かち合っても減らない香りが「蓑虫」の悲しさを教えてくれる。

みのむし、いと あはれなり。鬼の生みたりければ、親に似てこれもおそろしき心あらむとて、親のあやしききぬ引き着せて、「いま、秋風吹かむをりぞ、来むとする。待てよ」といひ起きて、逃げて往にけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く、いみじう あはれなり。清少納言。