真水ノ湯(自分の感覚を信じる)

粗野な人が焚くのを見れば、その香木は粗野に見える。皇后が焚くのを見れば上品に見える。品格は物自体にあるのでなく、関わる人にある。持つ人が品物を上品に見せることはあるが、品物が持ち主を上品に見せることはない。

ブランドの正体は裸の王様が着ている服。王様次第で荘厳に見えたり、滑稽に見える。人の品格は見透かされた欲望の大きさに反比例する。

空中の匂いの分子に、快不快が備わっているのではない。脳が、自分にとって良いものは良い香り、悪いものは悪い香りとしている。妊娠すると香りの好みも変わる。満腹すると好物も不快な匂いになる。好きな香水でも、嫌な相手から漂ってくると、悪臭になる。発している相手次第で、快不快は変わる。

1億3千万年前に現れた被子植物は、花や実だけでなく、昆虫を増やし集め、高カロリー食物の供給源となって、哺乳類の進化を促進したそうだ。花や虫をみて湧き起こる感情はその時に培われたものだろう。

花といえば芳香や花弁の形や色彩で、美の極致と思っていたが、南アフリカに腐肉の色と臭いで蝿を引き寄せて受粉するサボテンの花がある。花の欲望は美ではなく受粉することにある。人の欲望も美ではない何かのためで、美はその手段にすぎない。欲望を満たす為に造られた物は、私達の中の蝶や蜂や蝿を一時快い気分にさせるが、深層にある苦を慰めることはない。