甘露ノ湯(欲望を沈める)
何をしても満たされない人、欲望に憑かれた人、仙人がかすみを食べるように、名僧が座禅を組むように、母親の懐に顔を埋めるように、香りの湯舟に、欲望を沈める。
山を踏破した記憶、大波を乗りこなした記憶はいつでもよみがえり、欲望を沈めてくれる。
香りの世界は、時空を超えた脳の世界に似ている。香りは独占できない、奪えない、拒めない、隠せない。言葉は中々、人の心に入れないが、香りは安々と入る。言葉は人を操る人の技。香りは心を操る神の業。
香席からの帰路、ふと漂う残り香に驚いて、見回して、自分からだと気付く。
物に例えられる香り。情に例えられる香り。なにものにもたとえられない香り。